点と線

| ヒト | | 9件のコメント

東京という街は、その気になればほんのちょっと袖触れ合うだけの出会いというのがたくさんある。
普通だったら、絶対に出会わないような人。交差するはずのない直線が無理矢理に捻じ曲げられて、ある一点で交わる、そんな力が、東京にはある。
それでいてアパートの隣人の顔も知らないんだから、まっこと面白い。

一応サービス業である私、ゴールデンウィークはとにかく仕事が忙しく、最終日の夜は疲れ切ってとにかく飲もう! と一人バーに繰り出した。
大勢でわいわい飲むのも好きだけど、のんびりゆっくり、大人の女気取りながら飲むのもいいもんだ。

ちょうど入ったバーのバーテンの男の子たちが、そろいもそろって若くてイケメンだったので申し分ない。
カウンターに腰掛けてゴールデンウィーク最後の夜に乾杯していると、外国人の男性がバーテンに一生懸命英語でなにかを訴えている。
どうやら飲みたいカクテルの名前が出てこないらしい。ふと私と目が合った。
「君が飲んでる、それは何だ?」
私の持ってるグラスを示してそう尋ねる。
「ジンベースのカクテルだよ」
そう答えた瞬間、彼の顔がぱぱぱぱぁぁぁっと輝いた。

「オゥ、イエス! ジントニック!!」
やたらと嬉しそうだ。親指を立てて私に向けて、テンションは最高潮。
私もなんだか嬉しくなってハイタッチ&ハグ。
そんなきっかけで、隣に座って飲むことになった。

英語がまったくダメな私、でたらめ英語と日本語交じりの会話だが、酒の席でのコミュニケーションにまったく不便はない。
人間、心意気さえあれば何となく相手にものを伝えられるもんだ。

お話をしていると彼はどうやらマレーシア人らしく、カイト(凧)のフェスティバルに参加するために来日しているらしかった。
いただいた名刺の名前からすると、中国系だ。もしかしたら華僑なのかもしれない。
しかもProfessorと書いてある。
おぉ、偉い人なんだ。見かけの陽気さと、踊りたいから音楽を変えろとバーテンにわがまま言う子供っぽさと、可愛い可愛いと私を口説く軽薄さからは想像もつかない。

だが総合的に面白いおっちゃんだったので楽しく飲めた。当初の目論見の、大人っぽくグラスを傾ける、というのとは大きく外れてしまったが……。

「明後日には、今度は北京に行かないとダメなんだ。ということで、明日ランチを一緒にいかがかな。スシをおごるよ、スシ好きなんだ、僕」
スシなんぞ私も好きだ。世の中で一番好きだ。「マ〜ジで〜?」と食いつく食いつく。
じゃあ明日連絡してくれと番号を渡し、軽いハグとほっぺにチュで別れた。飲み代は、全ておっちゃんがもってくれた。

結局翌日、おっちゃんからの電話はなかった。
酒の席での約束、期待はしていなかったが少し寂しく思った。別にスシを食いそこねたからではなく。
実際に会おうと言われたら面倒だな、と思うに違いない。やっぱり仕事が入って……なんてありもしない用事をでっち上げて断るのだろう。

相当酔っていたらしいおっちゃんは、ほんのちょっぴり隣り合って酒を交わした日本人の女の子のことなど、忘れてしまったのだろうか。
携帯の番号をメモした紙を、どこかに捨ててきてしまったのだろうか。
ほんの一瞬交差して、すぐに別々に伸びてゆく線と線。
そういう出会いも、悪くない。

きっと今頃、中国に向かって発ったころ。
行ってらっしゃい、よい旅を。

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山村教室への姿勢と言い、人との距離感の持ち方と言いkikuさん、好きですわ私!
(きゃっ!告白★告白(笑))

こういう出会いって下手に壁を作ってしまってもダメだし、深入りしすぎるのもダメ。
適度な距離感があってこそ、その場を楽しめると思います。
もし、私がkikuさんの立場だったら・・・
やっぱり次の日、連絡こなかったら淋しいかも。同じく連絡きたらきたで面倒くさかったりするくせに(笑)

わたくしもkikuさん好きです。
でもごめんなさい。スシのほうが好きです。

>染谷水音さん
きゃ、告白されちゃった。うれしい〜♪
人との距離感って、難しいですよね。
私、ものすごい寂しがりやなくせに面倒臭がりやだから……。人には会いたいんだけども、出てくの億劫だったりします。
とりあえず私のスタンスは、来る者は拒まず、去る者は一切追わず、です。

>つきいちさん
うん、スシはね、うん、しょうがないよね。日本食の芸術だと思いますもん。
うん、でもね、ちょっと寂しいかなぁ(笑)

一瞬だからこそ、記憶に残る出会いってあると思う。バイトで一緒だったのに、名前も思い出せなかったりする子もいるのに。切り込まれ方の違いかしら。

 しかしながら、私はスシ苦手。っていうか、酢飯が苦手。だから、その誘いには乗らなかったかもしれない…。天ぷらの高級ランチだったら……! 最近注目なのです。

寿司も天ぷらもいいけど、おいらは小柄な女王様の方が…

そろそろ、何か仕掛けるか?

>makeek
私、高校時代のクラスメイトの名前すら思い出せなかったりします。記憶のキャパが恐ろしく狭いせいかな。
天ぷらでも私は乗りますね。

>中村屋さん
もう、本当に小柄好きですね。小学生にでも虐められてください。
仕掛け、何しましょか。

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坂井希久子

2008年オール讀物新人賞受賞。小説家の端くれのそのまた端くれ。
翼広げて大空にはばたくぞ! と言いつつ、まだたまごには「ひび」くらいしか入っておりません。
それでも、小説が好き。あと、着物も好き。
どちらも奥が深いことでございます。
死ぬまでには、真髄にちょこっとばかし触れたいな。

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