猫招きがお届けします―第5話「悔しさに学ぶ」

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猫招きがお届けします―第5話「悔しさに学ぶ」

 山村教室は、プロ作家を目指す人のための塾です。
 まあ、はっきりトップページに掲げてあるので、いまさら僕が強調する必要はないのかもしれませんが、あえて書きました。
 この教室はカルチャースクールではありません。別にカルチャーを馬鹿にして言っているわけではありませんが、ともかく本気の人が来て、本気の原稿を提出し、講師も本気で指導をします。

 それを証明するように、実際何人もの人が教室からデビューし、プロ作家となっています。
 というわけで山村教室が日本有数の素晴らしい小説塾であることは間違いないのですが、だからこそ、僕にとってちょっと困ったことがあります。

 ある程度、年を越えて教室に通うと、プロデビューしていく人の姿を、この目で間近に見る機会にでくわします。
 めでたいことです。
 同じ教室で学んだ人が、羽ばたいていく姿を、この目で見ることができるのですから。

 でも、僕のような、あまり心が綺麗とは言えない人間には、複雑な光景でもあります。
 特に、僕よりも遅く入塾してきて、小説執筆歴も浅い方が受賞したりすると、もう大変です。
 心は嵐の中の小舟のごとく、あっちへふらふら、こっちへふらふらと、感情に振り回されることになります。

 もちろん、いや当然、デビューした人たちに対する敬意はあります。憧れもあります。何よりも「自分が次に続くのだぞ」というガッツもわいてきます。

 でも、やはり嫉妬もあります。焦りも生じます。
「どうして長く書いているのに、俺は認めてもらえないのだろう」
 という気持ちがむくむくと浮かんでくるのを、抑えることができません。

 そんなとき、僕はひどい自己嫌悪に陥ります。
 学友の成功を素直に喜べない。それどころか、黒い気持ちに陥ってしまっている。
「俺はなんて心が狭く、汚く、嫉妬深い人間なのだろう」と。
 この体験を、誰にも言わずに繰り返してきました。

 教室には、たくさんの人が所属しています。
 冷静に考えれば、そこからデビューできる人は、ほんの一握り。
 その一握りに食い込むことは、やはり難しいことだと思います。
 それがわかっているからこそ、悔しさがつのります。
 今はこの気持ちを、どうすることもできません。
 受賞者に対して毎回教室で送られる拍手。
 僕は情けないことに、この拍手を、悔しさと焦燥の入り混じった心持ちでしなければなりません。

 ですが一つ、同じ体験を繰り返し、学んだことがあります。
「この薄汚い気持ちは、使える」ということです。

 以前、主任講師が「小説というものには、毒が必要だ」と語っておられました。
 また同時に、「小説は人の心を描くものだ」とも。

 それから以前にゲスト講師として来ていただいたプロ作家の先生も、こうおっしゃっていました。
「自分の中の、一番醜いものを描け」と。

 もちろん、人の心の暗部だけを延々と描いていては、読者はへきえきしてしまうことでしょう。それは重々承知しています。
 でも、そこまではいかず、スパイス的に、自分の持っている業(とでも呼ぶべきもの)を入れることができれば、人間描写がぐっと奥行を増すことになるはずです。

 山村教室では、なかなかよそでは味わえない類いの嫉妬を感じることができるのです。希有な場所と言って間違いないでしょう。
 これを、自作に反映させない手はありません。

 選ばれない、拒絶される、恋人に振られる、自分を嫌う――。
 それら、さまざまな感情をもつ人物に対し、僕は共感を感じることができます。

 そして、キャラクターを作り込んでいるとき、思うのです。

 やっぱり山村教室に入って、良かった。そして――

 次にデビューをするのは、絶対俺なのだぞ、と。

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