風薫る五月、という表現が好きだ。
実際この季節に吹くゆるりとした風には若葉の瑞々しさと柑橘系の爽やかさがあるような気がする。
一年で一番、好きな月。

しかも今日は端午の節句、子供の日。
芽吹いたばかりの柔らかな新芽色の似合う日である。

年中行事の好きな私、さっそくかしわ餅と菖蒲の葉を買って来た。
一人暮らしではあっても毎年この日には菖蒲湯に入るし、冬至にはゆず湯を楽しむ。
人間は、特に四季のはっきりした日本に住む我々は、こうして季節を肌で感じて遊ばねばならんと思う。
先人達がその機会をことにふれ作ってくれてあるのだから。

東京に出てきてから友達になった年下の男の子と話していて、彼が菖蒲湯の風習を知らなかったことにびっくりしたことがある。
彼の家ではそんなことやったためしがないと言う。
東京ではあまりポピュラーじゃないものなのかとすら思ってしまった。節分の恵方巻きみたいに(最近では関東でも食べられるようになりましたがね)。

しかしその男の子の方でも「坂井さんって意外と古臭いこと好きなんですね」などとびっくりしておった。失礼な。
このストレス社会、たまには肩の力を抜いてほっと一息つこうと色んなリラックス方法がブームになっているじゃないの。
お風呂に香りのいいアロマオイルを垂らすのと菖蒲湯と、どう違うというの。
とっくの昔に日本人はこういうアロマテラピーをしていたのだ。どうだ、まいったか。

湯の蒸気とともに立ち昇る菖蒲の香気。
緑の匂いが鼻にすっとぬける清々しさ。
お湯の中ですっかり脱力しきって、鼻いっぱい胸いっぱいにその香りを吸い込むと、気持ちは鎮まりつつ頭はとってもクリアになる。
「病気をしない強い子になるから」と言って菖蒲の葉を頭に鉢巻してくれた母の手にもこの香りが移っていた。
今は亡き母、その思い出は今も薫り高く匂っている。

ああそうか、だから私は年中行事が好きなのかもしれない。
毎年毎年繰り返される習わしを、母はずいぶんマメに遂行していたものだ。
私が15の時母が逝ったが、たとえば15回分の端午の節句、その思い出が菖蒲湯に入ると葉のかぐわしさと共に鼻の奥をつんと刺激するのだ。
ほろりと懐かしい気持ち。
「花橘の香を嗅げば 昔の人の袖の香ぞする」と詠んだ人もあったが、香りは、五感は、美しい思い出を本当によく覚えている。
年中行事は、母と子の記憶だ。

その記憶のない子供は、少し寂しい。
別にしなくても困らない些細なこと、だけども人生はそういう些細なことどものおかげで、美しく豊かになる。
忙しさにかまけてないでたまにはふと、立ち止まってみるといい。
なんて言っても、浴槽に菖蒲の葉っぱを放り込むだけでいいのだからね。

さつきまつ 花橘の香をかげば むかしの人の袖の香ぞする
                 よみびとしらず
   古今和歌集夏の歌より

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>菖蒲湯
すみません、僕も知らなかったっす…
しかも、読めませんでした。この漢字。
この世に生を受けて半世紀余り、まだまだ知らないことが多いようで、てんで青臭いです。

私、ストレスは体内で大事に育てる過保護タイプなので、家でもできるストレス発散法は学んでおかねばなりませんねぇ…

菖蒲湯とは、また古風ですな。
勝負下着が似合いそうな先生らしからぬお言葉(なんじゃそりゃ)

柚湯なら小さい頃に入っていたけど、菖蒲湯は僕も入ったことがないかも……

初めまして!
私も2004年の春まで山村教室に通っていました。
その頃はBクラスに在籍。(山口さんの方ですね)
妊娠を機に教室をやめてしまい今に至るのですが・・・。
もしかしてKIKUさんと時を一緒にしているかなぁ〜と昔の教材(?)をめくってみたところ、ありました!!『青色ハブラシ』なる作品。
面白くってイッキに読んでしまいました。
いや、面白い表現っつうより、主人公の気持ちや言動がわかるわ!うん、うん!!と読みすすめたと言う方が正しいかな。

小説家になる野望は捨ててはいないものの、
今の生活に流され気味の今日この頃。
KIKUさんのブログ読んで、とても良い刺激になりました。
私も年末あたりの新人賞応募を目標に、また小説書き始めます!!

また遊びにきますね★

>つきいちさん
知らない人、けっこう多いのかもしれないですね。
廃れてしまった習慣なのかなぁ。
だけども家でできるストレス解消方の一つだと思いますよ。
激ヤセ注意です。

>じいへ
勝負下着など私にはありません。
なぜならそういう系の下着しか持ってないから特に勝負の時はこれ!というのがないのです。
つねに臨戦態勢(笑)

>染谷水音さん
おぉ〜! 少しだけ被ってた時期があったんですね!
あの、でも「青色ハブラシ」は…今思うとちょっと恥ずかしいです。山村教室のおかげで最近はもうちょっとマシなものが書けるようになってきた…かな。
お時間さえ許すなら、是非一度山村教室に遊びに来てくださいね!

菖蒲湯を検索してたら、ここに辿り着きました。
ちょっと琴線に触れたので・・初心者ですがヨロシク!
香りが記憶に深く関係してる感には同感。私もこの季節の匂い 好き^^
土筆もレンゲも見つかるまでシツコク探す、これを見ないと自分の中で春を受け止められず落ち着かない!  多分幼い頃の記憶を忘れたくないんだと思う。

>ハナヤ17さんへ
はじめまして、こちらこそよろしくです!
土筆、もう長いこと見てないなぁ〜。レンゲ畑なんてものも、今あるんでしょうか。
嗚呼、土筆のてんぷらが食べたひ…(コラ!)
季節を感じたいなら食べちまえ、が私スタイル。
もみじのてんぷらなんて別に美味しくはないけど、なんか食べちゃうもんねぇ。
京都の高雄あたりに秋行くと、売ってるんです。ほんと美味しくないけど。

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坂井希久子

2008年オール讀物新人賞受賞。小説家の端くれのそのまた端くれ。
翼広げて大空にはばたくぞ! と言いつつ、まだたまごには「ひび」くらいしか入っておりません。
それでも、小説が好き。あと、着物も好き。
どちらも奥が深いことでございます。
死ぬまでには、真髄にちょこっとばかし触れたいな。

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