昨日の日本-クロアチア戦、いろんなブログがその話題で持ちきりなんだろうなぁ。
でもその陰に隠れて泣いてるお父さん方もいるかもしれない。
皆さん覚えてた? 昨日は父の日だったんだよ。
昨日大勢の友達と観戦していたんだけども、皆一様に忘れておりました。

父の日、確かに存在感薄いよね。
ちなみにウチの父は照れ屋な上にオヤジギャグ大王である。
うっかり「今日は父の日だね」なんて言おうものなら「乳の日? お父さん乳なんか出ぇへんで、ほら」なんて乳を丸出しにしながらお寒いことを言うので気をつけなければならない。一応これ、照れ隠しである。

最近いろんな方から「あなたはきっと家庭環境がよかったんだろうね」とよく言われる。
私はにっこり笑って「うん、とっても」と大きく頷く。
十代のころだったら「とんでもない!」と超高速で首を振っていたことだろう。
父はどちらかというとロクデナシなほうなので、許容範囲の狭い十代の頃は許せないことが多かったのだ。

母は大人だったので子供相手に叱りこそすれ喧嘩などしなかったが、父は子供なので子供同士よく喧嘩したものだ。
私や姉がうんと小さい頃にまで遡ると、あの頃の父はドSで、子供たちがちょっとでも失敗するとどなりつけて泣かせるのを無上の喜びとしているふしがあった。

姉はいい。ちょっと怒るとすぐ泣いて謝るので父も可愛いと思っていたらしい。
でも私は、押入れに閉じ込めればスヤスヤ寝ているし、「お前なんかウチの子とちゃう! 出てけ!」と言えば若干四歳にして「はい」と出て行くし、相当勝手が違ったようだ。
だから、よくぶたれた。
父は身長188センチもる大男である。手加減してあってもその高さから振り下ろされるビンタはホンマに痛い。
これはさすがに泣く。それで父は何とか満足していたようだ。
今では笑いながら、「お前のことはずいぶん叩いたったよなぁ。だからそんなに顔が潰れたんや」なんて言っている。
女の子の父親としてあるまじき行為である。

ウチはマンションを持っていたのだけど、その一室に父がある日突然卓球台を持ち込んで「ここは今日から卓球室や」と決めてしまった。
貸せばお金になる部屋である。
母は渋い顔をしていたが、父は皆で卓球して遊べたら面白かろうと単純に喜んでいるようだった。

これは我々子供たちには嬉しいことだった。
夏休みにはマンションに住む子供たちやいとこを集め、大人たちが賞金をつけてくれてリーグ戦を行った。
それになぜか、父も参加していた。
少しは手加減すればいいものを勝負となると燃えるたちである、困ったことに優勝してしまった。
空気の読めない男だ。それぞれの親たちも白けてしまった。
その微妙な雰囲気に気づいた父は焦り、賞金を子供たちに均等配分してお茶を濁した。
父は、そういう人だ。

財産収入で暮らしていたので家のことは全部母に任せてパチンコだゴルフだと遊び歩いていた。
食後の一休みの時間には私に「ちんちろりん」やら「おいちょかぶ」やら花札やらをポーカーやらを教えた。
イライラすると飼ってた室内犬に当り散らして投げたりした。
子供が親に逆らうなんて言語道断と、頭から押さえつけたがった。

でもキャンプの時の飯盒炊爨は抜群に上手かった。
夏休みの工作は、「子供にこんなん作られへんやろ」という出来栄えのものを作ってくれた。
母の死後、何もかもを母任せにしていた父は戸惑いながらも私を大学まで出させてくれた。

家族の要にいて潤滑油にもなっていた母がいなくなって、残された我々はずいぶんぎすぎすして傷つけあうことが多かった。
だから私は進学に伴い一人暮らしができると思うと嬉しかった。
父はひとこと、「お前はずっと、家を出たかったんやもんなぁ」と寂しそうに言った。

高校卒業以来、父と暮らしたことはない。
「お前は出てく人間やと思っとった」と父は言う。
「出てけ」と言われて「はい」と出て行った、あの四歳の頃から父にはそんな予感がしていたのかもしれない。

何でもかんでもを憎んでいたような十代の時までしか一緒に住んでいなかったから、父は私のことを少し恐れているようだ。
自分が、あまり娘に好かれていないと思っている。
昨日もちょっと酒のツマミになりそうなものの詰め合わせを送っておいたんだけども、「気を遣わんでええ」というメールが届いた。

夏の終わりごろに一度、帰省しようと思っている。
その時に言ってやろう。
最近ね、「いい家庭環境で育ったでしょう」って、聞かれるんだよ、って。
それが私、めちゃめちゃ嬉しいねん、って。
照れ隠しに父が何を言うか、見ものである。

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エピソードを語れるお父様を持って幸せですね。
俺は父に関して、語れる何ものも持っていません。中学以来、国交断絶状態ですから。父の日も、すっかり失念していました。

思えば、小さい頃は貧乏でした。なにせ、元号が平成に変わった後でも、14インチのテレビを一家三人でちゃぶ台囲みながら見てたのですから。
しかし、とある事情で預貯金があるのが発覚。
俺はずっと母がケチなせいだと思っていましたが、最近になって、父がケチなせいだと分かりました。だって実家に帰っても「回る寿司行こう」って言うし。

俺の親父は、典型的な関西人なのかもしれません。

父の日忘れてたなぁ。
じいちゃんの一周忌のことで頭いぱーいやった。。。
っていう、言い訳。

直接連絡とる手段は電話しかないんだけど、
電話は苦手(照れる)ので、
おかんにメール送ってメッセージを伝えてもらおう。
あなたの息子はがんばっている、と。

自分で言ってちゃ世話ないよね…

私も家族大好き。
しかもイベント大好き。
父の日なんて、カッコウでしょ?
結構前から、これをあげようって決めていたものを購入。
んで、何食わぬ顔で夕食の席につき、はいっとばかりにあげました。
そうしたら、ハグしてくれました。
幼稚園の時に、迎えに来てくれたパパに抱きついてから、ずっとパパ大好き。
父の日があって、感謝を示す機会があって、よかった。

>Jackさん
うん、うちの家族に関しては本三冊くらいは軽く書けるくらいいろんなエピソードがあります。
なんていっても私が一番まともだという変態家族でしたから。
ちなみにウチも貧乏だったよ。
でもちょっとくらい貧乏な方が子供たちは想像力がつくと思うの。あれこれ買い与えられたりしないし。
私の妄想壁は一人ままごと(暗!)から始まってると思うしね。
モノのない時代(コラコラ…)でも楽しかったと私は思います。

>つきいちさん
父と息子っていうのは微妙なのかもしれませんね。
お互いに照れがあったりして。
世の中には一つ屋根の下に暮らしていてもお母さん経由でしか息子と会話できないお父さんもいるみたいですし。
ウチの家族は皆うるさいくらい喋るので、ありえないですが。
でもなかなか、感謝の気持ちというのはうまく表せませんね。

>makeek
アナタのとこの家庭環境がいいことはと〜ってもよく分かる。
なんかアメリカのホームドラマに出てきそうなお父様だものね。
ハグ…そんなことされたことないなぁ。
でもウチはボディタッチは多いよ、私からだけど。
この間はおしっこしてるの覗きに行って「ヘンタイ!」と怒られた(ボディタッチじゃないじゃん…)

貧乏自慢をするのもなんですが、
うちもかなり貧乏でござんしたね。
いや、ホントに貧乏だったのかは分からないけれど
母親の口癖が「今月もマイナス(赤字)だったよ」ですから。

父の日かぁ〜。
うーん、うちは離婚している上に
父親とは滅多なことでは会わないからなぁ〜。

冷たいのかもしれないけど・・
まっ、そんな家族もあるっつうことで(汗)

>染谷水音さん
家族の形態なんて、様々ですからね。
でもこの人(親)がいるから私がいるんだなぁ、っていうのは紛れもない事実で、それさえ忘れてなければ何でもいいと思います。

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坂井希久子

2008年オール讀物新人賞受賞。小説家の端くれのそのまた端くれ。
翼広げて大空にはばたくぞ! と言いつつ、まだたまごには「ひび」くらいしか入っておりません。
それでも、小説が好き。あと、着物も好き。
どちらも奥が深いことでございます。
死ぬまでには、真髄にちょこっとばかし触れたいな。

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